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ポスター このブログは北朝鮮による拉致の疑いを排除出来ない、あるいは拉致の疑いが濃厚であるとされる人々、いわゆる「特定失踪者」の方々に関するニュース、情報等を保存する目的で運営されています。「拉致の疑いが濃厚」とされる1000番台の失踪者に関してはそれぞれカテゴリーを作り、関連記事をまとめてご覧いただけます。記事は2003年4月から収集してあります。
拉致問題の遅々たる進展の中で忘れられてしまうのではないか、見捨てられるのではないかという不安を抱えて家族を取り戻すための闘いをされているご家族に思いを馳せていただければ幸いです。このブログは個人(電脳補完録:山本孝司)で運営しているものであり、「特定失踪者問題調査会」様、また各ご家族とは一切無関係です。





「美保さん救って」首相に声届けよう
拉致問題解決を 甲府・山本さん支援者が手作りポスト

 北朝鮮に拉致されたとされる甲府市出身の山本美保さんの同級生や近隣住民らで作る「支援する会」が1日から、政府による拉致問題の解決を促そうと、内閣総理大臣あてのメッセージを書いた専用はがきの募集を始めた。

 はがきは県内で開かれるイベントなどで会が配布する。その場で記入し、会特製の手作りポストに投函(とうかん)してもらって集める。今後、はがきやポストを置かせてくれる店を探すなど、活動の幅を広げる方針だ。

 はがきは1枚100円。郵送料が50円で、残りの50円は特定失踪(しっそう)者問題調査会(東京)が運営する北朝鮮向け短波ラジオ「しおかぜ」への寄付になる。裏側には「拉致問題全面解決に責任を持って努力して下さい」と書かれ、その下の欄にメッセージを書き込む。

 1日は、甲府市の公民館で開かれた健康イベントではがきの募集が行われ、訪れた人が「自分の家族と思って取り組んでほしい」などとはがきに書き込み、特製ポストに投函(とうかん)していた。はがきを出した近くの男性(75)は「不景気で拉致問題が後回しにされるのではないかと心配している」と話した。

 山本さんの双子の妹美砂さん(44)は「姉がいなくなって25年がたった。総理大臣が替わるたびに期待とつらさを味わってきました。生きているうちに会わせて頂きたい」とコメントしている。(2009年3月2日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20090301-OYT8T00722.htm


「美保さんの家族を支援する会」のホームページがリニューアルされました。
http://web.me.com/k.yasushi/YAMAMOTO_MIHO/Welcome.html

| 1000番台::山本美保 | 09:03 AM | comments (0) | trackback (0) |
芙蓉の花増補版出版 特定失踪者木村さん姉
 北朝鮮による拉致の可能性が高いとされる八戸市出身の看護学生、木村かほるさん=当時(21)=の姉で同市在住の天内みどりさん(75)が、自身の北朝鮮引き揚げ体験をつづった「芙蓉の花」(近代文芸社)の増補版を出版した。木村さん失踪(しっそう)当時の記憶や最近の情報などを新たに追加。天内さんは「かほるのことや両親の思いを多くの人たちに知ってほしい」と話している。

 秋田市の秋田赤十字高等看護学院に通っていた木村さんは、卒業試験を間近に控えていた一九六〇年二月二十七日午後、寮から外出したのを最後に行方不明となった。
 民間団体の特定失踪者問題調査会は二〇〇三年、拉致の可能性が高いとされる「1000番台リスト」に木村さんを加えた。その後、失踪当時の書き置きをめぐる証言や、タイ人女性による木村さんに似た人物の目撃証言などの情報が寄せられている。
 天内さんは二〇〇〇年に「芙蓉の花」を出版。一度は絶版となったが、「妹が戻って来た時のため、両親の気持ちなどを書き残しておきたい」との思いから、昨年十月から増補版の執筆作業に入った。
 「行方の分からぬまま亡くなった両親のためにも、妹のことを伝え続けなくてはならない。それが、自分にとっての親孝行と考えている」と天内さん。
 増補版は計千部発行。定価千三百円で、八戸市内の各書店で販売する。(デーリー東北)

http://www.daily-tohoku.co.jp/news/2009/02/24/new0902241401.htm


[調査会NEWS 754](21.2.27)

■本の紹介

 特定失踪者木村かほるさん(昭和35年秋田で失踪)のお姉さんである天内みどりさんがこのたび『芙蓉の花(増補版)』を出版されました(近代文芸社・1,300円+税)。『芙蓉の花』は平成12(2000)年に天内さん一家の引き揚げの記録として出版されましたが、今回の増補版はかほるさん関わる動きを足したものです。書店、amazon等でお買い求めください。

 なお、特定失踪者のご家族が出された本としては他に生島孝子さんのお姉さんである生島馨子さんの著書『うらさんの祈りはダイヤモンドになって』(文芸社・1,400円+税)があります。




芙蓉の花—北朝鮮引揚げの記録 増補・「特定失踪者」の妹いづこ



| 1000番台::木村かほる | 09:20 AM | comments (0) | trackback (0) |
「木村かほるさんがくれた」菓子缶を入手
 1960年に秋田市で失踪(しっそう)した青森県八戸市出身の看護学生、木村かほるさん=当時(21)=に似た日本語教師が、北朝鮮内で複数のタイ人女性に目撃されていた問題で、タイ人女性の1人が日本語教師からもらったというチョコレート缶を、特定失踪者問題調査会が入手していたことが分かった。調査会は7日、木村さんの姉、天内みどりさん(74)とともに秋田県警を訪れ、木村さんが使っていた鉛筆などと一緒に缶を提出、指紋の照合を依頼した。
 
 チョコレート缶は約二十五年前にもらったのもので、指紋が残っているかどうかは不明。だが、仮に指紋が一致すれば、目撃された日本語教師が木村さん本人である決定的証拠となる。
 天内さんが提出したのは鉛筆入りの筆箱、手帳、看護学校のバッジ、消毒綿を入れるケースなど。いずれも、木村さんが失踪時に寮に残していたもので、天内さんが長年保管していた。
 調査会の真鍋貞樹専務理事と天内さんは同日午後一時ごろ、秋田県警第二庁舎を訪れ、これらの品々を提出し指紋の照合を依頼。これに対し、秋田県警の担当者は、真鍋専務理事と天内さんの指紋を採った上で、「しっかり調べたい」と話したという。
 提出後、取材に応じた真鍋専務理事は「県警はできる限りのことをやってくれるとのこと。(チョコレート缶に)指紋が残っていればいいのだが…」と話した。一方、天内さんは「これまでの証言から、絶対妹に違いないと思っている」と心境を語った。
 調査会によると、一九八二年、十人のタイ人女性が北朝鮮にだまされて連れて行かれ、平壌郊外の招待所で約二カ月間、四十—五十歳ぐらいの女性の日本語教師から日本語の教育を受けた。写真照合の結果、証言者の三人のタイ人女性はいずれも、木村さんに似ていることを証言。体形や人物像なども木村さんとほぼ一致した。(デーリー東北新聞)

http://www.daily-tohoku.co.jp/news/2007/11/08/new0711080802.htm


真鍋貞樹の研究部屋
http://nabesada.cocolog-nifty.com/meme/2007/11/post_1c85.html

デーリー東北新聞社「企画:生きる証を追って 木村かほるさん失踪事件」
http://www.daily-tohoku.co.jp/kikaku/kikaku2007/ikiruakasi/ikiruakasi_menu.htm

| 1000番台::木村かほる | 09:13 AM | comments (0) | trackback (0) |
「両親の無念さ晴らす」 特定失踪者の姉 真実知りたい
「真実を知りたい」−。青森県八戸市出身の特定失踪者・木村かほるさんの姉、天内みどりさん(75)は、末娘の帰宅を待たずに亡くなった両親の無念を晴らそうと、北朝鮮に拉致された可能性が高いかほるさん=当時(21)=の情報集めに奔走している。夢は北朝鮮の地にポールを立て、日本の朝焼けと夕焼けの空と同じ色に染めたハンカチを飾ること。かほるさんに向けた「待っているよ、一緒に暮らそう」というメッセージにしたいと考えている。(米沢文)

                   ◇

 木村かほるさんは秋田日赤高等看護学院(秋田市)を卒業間際の昭和35年2月27日夕、寮の同級生らに「ちょっと出かけてくる」と言い残したまま姿を消した。

 かほるさんが看護師を目指したのは幼少時。太平洋戦争で満州から引き揚げてくる際、平壌の収容所で足止めされたときのこと。自分よりも幼い子供たちが死んでいくのを目にしたのがきっかけだった。

 かほるさんは獣医だった父・一栄さん、母・文子さんの間に昭和13年8月、生まれた。5月生まれの姉のみどりさんに続き、「かほる」と名付けられたのには、「緑香るように姉妹仲良く」という一栄さんの願いが込められていた。

 兄の勝城さん、弟の洋二さんとともに笑顔が絶えない一家だったが、かほるさんの失踪を境に、一家団らんはなくなった。人さらいにあったのか、事故にあったのか、自殺したのか…。

 かほるさんの名前を持ち出すと、布団の中でさめざめと涙を流す文子さんを刺激しないように、みどりさんと一栄さんは内密にかほるさんを探し歩いた。あるときは秋田の八郎潟の周辺を、あるときは東京の駅の雑踏の中をさまよった。

 一方で、秋田県の漁師から「国籍も分からない小さい船がいっぱい来ている」などと聞いていた天内さんは以前から、「かほるは死んでいない。連れて行かれたんだ」と心の片隅で感じていた。平成9年には、横田めぐみさんが拉致されたことが明らかになり、直感が確信に変わった。

 平成12年、「かほるが帰ってくるまで死ねない」と言っていた一栄さんが他界。

 一言の遺言もなく消えし吾子あきらめかねて一人涙す(三月二日 父詠む)

 遺品の手帳に残された歌を目にした天内さんは、「父の思いに応えなければいけない」と誓った。

 事態が急展開したのは昨秋。「特定失踪者問題調査会」がタイ人拉致被害者から、かほるさんと思われる日本人女性から日本語を習ったという証言を得た。天内さん自身が50代の頃、複数の友人に囲まれている写真を見せたところ、タイ人は天内さんを指し、「この人の笑顔は先生(かほるさん)と同じです。先生はいつもにこにこしていた」と証言したのだ。

 かほるさんが特定失踪者に認定されてからは、天内さんの心境にも変化が出てきた。寂しさや怒りの気持ちから、「とにかく真実を知りたい」という気持ちが強くなった。

 「姉の私に何ができるだろうか」

 映画の「幸福の黄色いハンカチ」をヒントに、天内さんは趣味の染め物を生かし、いつの日か北朝鮮の空に、朝焼け、夕焼けと同じ色に染めたハンカチを掲げようと考えている。ハンカチはいらなくなった着物の裏地を活用し、「万葉集」にも登場するムラサキとアカネで、すでに1000枚染めている。

 天内さんは「これをみて、かほるを始め、拉致被害者に日本の空の色を思い出してほしい」と願うとともに、かほるさんについて何らかの情報が手に入ればと期待している。

 お姉ちゃんと呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも(天内みどり)

                   ◇

 「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための青森の会」(救う会青森)の第3回青森県民集会が20日、青森市堤町の市文化会館で開かれた。拉致被害者、田口八重子さんの兄で拉致被害者家族連絡会の飯塚繁雄代表(70)と、特定失踪者、木村かほるさんの姉、天内みどりさん(75)が講演し、拉致問題早期解決への支援を呼びかけた。

 飯塚代表は「私たちは愛しい家族をあきらめるわけにいかない」と、家族会の活動が長期化する中での心境を語った。

 福田康夫首相の突然の辞任会見について、飯塚代表は「拉致の『ら』の字も言及しなかった」と指摘。衆院解散・総選挙後に発足する新政権に対しては、「党派に関係なく、国民の安全を守る観点から、(最優先課題から)拉致問題を外してはならない」と求めた。

 また、北朝鮮に対する日本側の切り札は経済制裁と国民世論にあるとして、「世論が冷めれば足元を見られる。拉致問題は現在進行形の問題。北朝鮮に国民の怒りとしてぶつけてほしい」と訴えると、約 130人の参加者は熱心に耳を傾けていた。(産経新聞・青森版)

http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/aomori/080921/aom0809210216000-n1.htm



| 1000番台::木村かほる | 09:18 AM | comments (0) | trackback (0) |
特定失踪者問題の風化防げ 甲府で集会
 北朝鮮に拉致された疑いがある特定失踪(しっそう)者の一人、山本美保さん=失踪当時(20)=の出身地・甲府で先月末、開かれた「拉致救出!!特定失踪者問題を考える県民の集い」。山本さんの双子の妹、森本美砂さん(44)が「行方不明になって24年だが、元気に北朝鮮にいると信じており支援してほしい」と訴え、来場者の共感を得た。ただ特定失踪者は政府による拉致認定者ほど世間の関心が高くないうえ、県内事情が重なり、問題の風化も懸念されている。(花岡文也)

 「同世代の横田めぐみさんと一緒に姉が北朝鮮から帰る日を待っています」。山本美保さんの家族を支援する会(会長・清水仁甲府市議)が開いた「県民の集い」で、森本さんは来場者約80人に語りかけた。

 大学受験生だった姉の美保さんは昭和59年、「図書館に行く」と話して甲府市内の自宅をバイクで出たあと、行方不明になった。甲府駅前にバイクが置かれ、4日後に新潟県柏崎市の海岸でセカンドバッグが発見された。その後約5年間、自宅に何度か電話があり、無言だったりすすり泣くような声が聞こえたという。

 平成14年9月の日朝首脳会談で金正日総書記が拉致を認め、被害者5人が帰国し、日本中が北朝鮮の卑劣な犯行に憤った拉致問題。あれから5年以上が過ぎ、県民の集いでは「多くの地域住民が参加してくれた」(美保さんの高校時代の同級生で「支援する会」事務局長の井上泉さん)ものの、参加者からは「北朝鮮が拉致を認めた直後の熱気がなくなっている」と風化を懸念する声が聞かれた。

 県民の集いで講演した「特定失踪者問題調査会」(東京)の真鍋貞樹専務理事は「拉致認定者と違い、特定失踪者への政府の支援が一切ない」と指摘した。内閣官房拉致問題対策本部事務局によると、拉致認定者には給付金支給や身辺警護、精神的ケアなど多くの支援策がある。表舞台に登場する下支えとなっており、特定失踪者との間で「二重構造」(真鍋専務理事)は否めないという。

 その後、東京で会見を開いた調査会は、今後の拉致被害者救出運動に関する方針を発表。拉致被害者の救出には「北朝鮮の自由化・民主化」が欠かせないとして、政府との間で建設的緊張関係を維持し、情報収集を行うなど自衛隊がさまざまな形で重要な役割を果たすよう求めていくとした。

 また、政府認定者、未認定者なども交えて垣根のない30〜50人程度の集会を全国各地で開く、緩やかなネットワーク組織「しおかぜネットワーク」を設けるといい、「『政府と一体化』ではなく『政府の尻をたたく』ため、横のつながりを広げる運動にしたい」(真鍋専務理事)としている。

 山本美保さんのケースではさらに、山梨県警が平成16年3月に「行方不明になった17日後に山形県の海岸に漂着した遺体とDNA鑑定で一致し、自殺の可能性もある」と発表した“問題”があった。

 この発表については、(1)家族は昭和59年に新潟県警に捜索願を出しており、なぜ当時、身元不明遺体と照合しなかったのか(2)十数日で白骨化したり歯が13本も抜け落ちるのか(3)遺留品とするジーパンは美保さんのはいていたものより1、2サイズ小さく、下着やネックレスを含めて家族に見覚えがない−など、不審な点が多いという。

 支援する会の清水会長は「山形の遺体は美保さんではないと真実を求めて活動してきた」、真鍋専務理事は「当時、政府の中に拉致問題の高まりを封印したい勢力があった」と憤る。また「山梨県警にも納得せず捜査続行を求める警察官がいる」(関係者)という。

 「現在の拉致問題の運動は暗礁に乗り上げた」(真鍋専務理事)状況のなか、新たな国民運動をどう盛り上げていけばよいか。国民一人ひとりが考えるべき時期にきたのかもしれない。
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/yamanashi/080606/ymn0806060323000-n1.htm

5月25日の内容記事でしたが,本日の朝刊「甲信越版」にも掲載されていました。

| 1000番台::山本美保 | 09:02 AM | comments (0) | trackback (0) |

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