- 特定失踪者に関する最新ニュース一覧
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2006年10月31日(火)
特定失踪者問題調査会が放送している「しおかぜ」が、10月30日で一周年を迎えました。放送のスタートは、2005年10月30日、午後11時半からの予定でしたが、配信会社のトラブルで実際には31日、午前0時半頃から放送されました。
現在は午前5時半から午前6時までの第一放送と午後10時から午後10時半までの第二放送の2波で放送されています。スタート時は放送時間のトラブルがありましたが、一周年記念というわけではないでしょうが、一昨日から配信会社の都合で突然周波数が変更されるというトラブルが起きているようです。 VT社からの報告です。この時期に行う短波周波数変更により第一放送は9645KHzへ第二放送は9730KHzへ変更されました。しかしながらVT社からの事前連絡も無いままに実行されたために、皆様には御迷惑をお掛けしました。私達も周波数変更について事前に確認出来なかった事、重ねてお詫び申し上げます。 その時々の環境にもよりますが、受信状態のいい時であれば量販店で売っているような安い短波ラジオ(私もこれ)でも受信することが出来ます。一度実際にラジオで聞いてみていただくとより一層胸に迫るものがあるかと思います。 【追記】 [調査会NEWS 423(18.10.31) 10/31早朝の第一放送は規定の時間に全く受信出来ませんでした。2ちゃんの実況スレでも同様です。ひょっとして、10月末で終わるサマータイムが関係していて放送時間もずれてしまっているのかもしれません。配信会社、結構いい加減? 第一放送:午前5時30分〜6時、周波数 9645キロヘルツ 第二放送:午後10時〜10時30分、周波数 9730キロヘルツ 特定失踪者問題調査会 http://www.chosa-kai.jp 短波放送「しおかぜ」 http://www.chosa-kai.jp/shiokaze.html 「しおかぜ」通信 http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html 「しおかぜ」支援グッズ http://senryaku-jouhou.jp/news2.html |
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2006年10月25日(水)
[調査会NEWS 422(18.10.25) 上MP3ファイルは、10月20日に放送された「しおかぜ第二放送」をエアチャックしたもの。早朝5時半から放送されている第一放送は現在、妨害電波によって非常に聞き取りにくくなっています。 総務省がNHKに対して行おうとしている「命令放送」。報道の自由を侵すとして反対しているマスコミを見ると、この「命令」という言葉だけに短絡的に反応しているのではないかと思える。「命令」は法律に規定された言葉に過ぎない。実際に行われている「命令」はごく簡単な内容であり物足りないくらいのものである。何も「しおかぜ」をそのままNHKの短波で放送しろと言ってるわけでもない。「反対」を表明している人たちは、調査会の行っている「しおかぜ」に対して北朝鮮が国家として妨害電波を出していることをあえて無視する。北朝鮮という「国家」としての妨害に日本という「国家」がどう対応するのかという問題である。 拉致被害者向け短波放送に妨害・官房長官が遺憾表明 自らが北朝鮮に囚われていると想像して、上の「しおかぜ」を聞いてみて欲しい。雑音混じりの中、このピアノの音、家族の声、必ず救出しますとのアナウンス。自由の全くない環境に届く放送。 「報道の自由」というお題目のなんとむなしいことか。 -------------------------------------------------------------- 「しおかぜ」 第一放送:午前5時30分〜6時、周波数 9785キロヘルツ 第二放送:午後10時〜10時30分、周波数 9485キロヘルツ 特定失踪者問題調査会 http://www.chosa-kai.jp 短波放送「しおかぜ」 http://www.chosa-kai.jp/shiokaze.html 「しおかぜ」通信 http://www.senryaku-jouhou.jp/shiotsuu.html 「しおかぜ」支援グッズ http://senryaku-jouhou.jp/news2.html 「しおかぜ」へのカンパは下記に「調査会へのカンパ」「しおかぜへのカンパ」と記載して 郵便振替口座 00160-9-583587 特定失踪者問題調査会 上記、カンパ宛先を携帯電話用メールアドレスに送信します。ご自分の携帯メールアドレスをご記入の上、送信して下さい。自動返信でお送りします。メモ代わりにお使い下さい。 <form action="http://nyt.trycomp.com/cgi/mail/bamr.cgi" method="POST"> 携帯用E-mail:<input type="text" name="mail" /> <input type="submit" value="送 信" /> </form> 「拉致問題」放送命令発言に様々な声 「どれが政府の命令で、つまりは政府広報なのか、もう一つはNHKが独自に取材した報道なのか、境界があいまいになる」というけど、NHKは例えば「この放送は“命令”に基づいて放送します」とでもアナウンスすればいいし、「命令」に基づいていつどのような放送をした、ということをきちんと報告すればいいのではないでしょうか。あいまいな「要請」だとか「依頼」よりよっぽどきちんと出来ると思いますけど。法律に基づかない「要請」なんてのは、「圧力」って言うんじゃないんですか? |
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2006年10月24日(火)
北朝鮮に拉致された被害者とその家族を支援している「救う会・群馬」「群馬ボランティアの会」(大野トシ江代表)は二十一、二十二の両日、県庁正面玄関脇で支援活動を行い、二千五百八十人の署名と三十四万四千六十五円のカンパを集めた。
今回は、県内にも拉致の可能性がある人(特定失踪(しっそう)者)とその家族がいることを周知するのが目的。二十二日には特定失踪者、井上克美さんの母、イトノさん(83)と山下春夫さんの兄、孝治さん(80)が参加して協力を呼び掛けた。 井上さんは「皆さんの支えや励ましが、絶対に会えるまで頑張るという気持ちを支えてくれる」と感謝。山下さんも「多くの人に存在を知ってもらいたい」と話した。 署名やカンパをした人たちからは「群馬にも(拉致の可能性がある人が)いたのか」「もっと詳しく知らせるべきだ」などの意見が寄せられた。 大野敏雄事務局長は「これまで以上に広報活動に力を入れていきたい。県民の関心の高まりをありがたく感じている」と、今後も積極的な活動を行う決意を語った。 |
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2006年10月24日(火)
「優しくて、子煩悩だったお母さん。大好きだった」。その母親が28年前、忽然(こつぜん)と自宅から姿を消した。当時、11歳だった松岡尚美さん(39)=吉岡町下野田、事務員=は以来、母の温もりを探し続け、自らもいつしか2児の母となった。「母は必ず生きている。早く会いたい」。勇気を奮って21日、初めて署名募金活動に参加した。「加藤八重子の長女」と書かれたタスキをかけ、県庁前で娘とともに、北朝鮮による拉致被害者救出への支援を呼びかけた。(永岡栄治)
電信電話局の電話交換手だった加藤八重子さん=当時(38)=は昭和53年9月22日夜から23日早朝にかけて、旧群馬町の自宅で就寝中に行方不明となった。国鉄職員の夫は夜勤で家を空けており、第1発見者は長女の松岡さんだった。 「朝、母の布団に入るのが習慣だったので、朝5時45分ごろ起きて母の寝室に行くと、布団から引き抜かれたような形で、母だけがいなくなっていた」 家中を探し、妹を起こして周りの畑も探したが見つからず、近くの祖父の家に駆け込んだ。「盗られたものは何もなく、当時の新聞には『神隠し』と書かれた。母は10月10日の結婚記念日に向けて、父にセーターを編んでいた。いなくなる理由は何もなかった」。警察は父を疑い、家の周りをすべて掘り返した。松岡さんは涙に明け暮れる日々を過ごした。 その後、結婚し2児に恵まれた松岡さん。「子供を持ってみて初めて、子供と引き離された母の悲痛な気持ちが分かった」。3年前、高校受験が終わった長女(18)に初めて母のことを話すと、長女は涙を流しながら聞いてくれた。平成16年9月、松岡さんは特定失踪者として八重子さんの公開に踏み切った。 昨年の収穫感謝祭に合わせて行われた署名募金活動には参加できなかった。だが今年は「娘である私が参加しないと、皆さんのご支援がいただけない」と、長女とともに参加を決意した。 八重子さんは先月、66歳になった。「元気なうちに早く助けてあげたい」。母を思う娘の、切実な心の叫びを吐露した。 救う会・群馬「群馬ボランティアの会」(大野トシ江代表)が21日に行った署名募金活動は、北朝鮮の核実験直後で関心も高く、署名1350人、募金20万2709円が集まった。22日も午前10時〜午後3時、県庁県民広場で行われる。 (10/22 01:21) |
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2006年10月24日(火)
特定失踪者問題調査会と「救う会神奈川」などは23日、北朝鮮に拉致された可能性がある特定失踪(しっそう)者について積極的な啓発活動をするよう、県と横浜市、横浜地方法務局に要請した。また県警に対し、拉致事件の全容解明と徹底捜査を求めた。
米国の「北朝鮮人権法」が定めた「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」(12月10〜16日)に合わせた活動。「救う会神奈川」の川添友幸代表は「特定失踪者は、拉致被害者ほど知られていない。啓発して支援を広げたい」と話した。 http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kanagawa/news/20061024ddlk14040415000c.html 拉致疑い「特定失踪者」問題解決を 家族ら市役所などで協力要請 北朝鮮による拉致の疑いがあるとされる特定失踪(しっそう)者の家族らが23日、横浜市役所や県警などで、拉致問題の早期解決へ向けた協力や捜査の徹底を要望した。 訪れたのは、1979年に横浜市内で行方不明になった寺島佐津子さん(当時19歳)や、静岡県浜松市出身で82年に失踪した河島功一さん(当時23歳)ら4人の家族と、「救う会神奈川」(川添友幸代表)のメンバーら11人。 横浜市役所では、特定失踪者や拉致問題に対する理解を呼びかけるポスターの掲示や、特定失踪者の氏名を市のホームページに掲載することなどを要望。市国際政策室の担当者は「市のイベントなどでポスターを掲示したい」と応じた。 県庁で記者会見が行われ、川添代表は「(訪問先に)温度差はあるが、前向きに取り組んでもらえることが分かった。今後は特定失踪者への理解を市民に呼びかける活動を広げていきたい」と話した。 寺島さんの母イツ子さん(73)は「一刻も早い解決を祈っている。前向きな対応を信じたい」、河島さんの母愛子さん(73)は「一日も早い解決を望みます」と訴えた。 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news007.htm 大沢さん次兄が神奈川で活動 北朝鮮に拉致された疑いのある特定失踪(しっそう)者大沢孝司さんの2番目の兄茂樹さん(65)=横浜市=が23日、神奈川県や県警、同市などをそれぞれ訪ね、活動支援や捜査の徹底を申し入れた。 要請は、同県に関係する他の失踪者3家族や、救う会神奈川(川添友幸代表)と初めて行った。このうち県は、両親が県内に住む横田めぐみさんや孫娘が帰国した場合の支援態勢について「すでに帰国した被害者を受け入れた新潟県と連携したい」としたという。 http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=72856 ●河嶋 功一 (かわしま こういち) 失踪時期 1982年3月22日 失踪当時の年齢 24歳 失踪した場所 関東・神奈川県横浜市金沢区 失踪当時の身分 大学を卒業したばかりで、浜松に就職も決まっていた。 失踪当時の状況 当日は父親たちが下宿へ荷物を取りに行き、本人は汽車で浜松に帰るため、午前9時半ごろに下宿を出て、50〜60メートル先の角を曲がるところまで見送った。その後、行方不明。当時小雨で、傘1本、電車代と本人の小遣い程度しか持っていない。 (04/3/10第4次発表) 河嶋功一さん関連情報:http://trycomp.org/blog/index.php?c=1-28 ●大澤 孝司 (おおさわ たかし) 失踪時期 1974年2月24日 失踪当時の年齢 27歳 失踪場所 新潟県佐渡島新穂村 失踪当時の身分 新潟県佐渡農地事務所勤務 失踪当時の状況 自宅近所の飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。 大澤孝司さん関連情報:http://trycomp.org/blog/index.php?c=1-17 ●寺島 佐津子 (てらしま さつこ) 失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日 生年月日:昭和35(1960)年7月26日 当時の年齢:19歳 当時の身分:銀行員 失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区 失踪状況 失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。 ●高野 清文 (たかの きよふみ) 失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日 生年月日 昭和31(1956)年10月31日 性別 男 当時年齢 19 身長 172センチ 公開 第2次公開 当時身分 電気通信大学2年生 特徴 中肉、丸顔鼻低い、口は大きい、眉濃い。 失踪現場 東京都神津島村の民宿から 失踪状況 大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。 高野清文さん関連情報:http://trycomp.org/blog/index.php?c=2-34 ![]() |
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