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2004年11月06日(土)
北朝鮮に拉致された疑いがある尼崎市の清崎公正さん=失踪(しっそう)当時(41)=について、兵庫県警は四日、家族が提出していた被疑者不詳の国外移送目的誘拐容疑での告発状を受理した。
告発状などによると、建設業を営んでいた清崎さんは一九七四年六月十四日朝、自宅を出たまま行方不明になった。 自宅近くの事務所には銀行から引き出した約五十万円が残され、乗っていたトラックが尼崎市内で発見された。 自殺や家出などの理由がなかったことから、家族が九月二十八日、兵庫県警に告発状を提出していた。 http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/1105ke58900.html ●清崎 公正(きよさき きみまさ) 生年月日 :昭和7(1932)年9月5日 失踪年月日 :昭和49(1974)年6月14日 失踪当時の年齢 41歳 当時の身分 :建設会社経営(大工) 当時の居住地:兵庫県尼崎市 失踪場所 :兵庫県尼崎市 失踪当時の状況 :失踪当日午前9時頃、通常と同じように弁当を持って近くの銀行に歩いていくのを妻が見送ったのが最後。銀行では支払いのため50万円下ろしている。そのお 金は自宅から歩いて10分の事務所に置いたまま、電気もついたままでった。失踪後なくなったものはない。失踪後2〜3カ月して乗っていた軽トラックが尼崎の阪急園田駅近くの額田で発見された。 経営は順調で当時現場を8件かかえ、新しい仕事のため建機も2台購入したところだった。仕事を整理したときも借り入れは一切無かった。失踪後無言電話が数回あった。失踪直前から在日朝鮮人と思われる人物と、仕事の取引で知り合い、急速に親しくなった。この人物は失踪後、警察への届出や仕事の整理などを2週間程度で手際よく行なったあと、姿を消している。 自ら失踪する動機が見当たらないこと、北朝鮮工作員の拠点の一つである場所での失踪、不審な人物との接触など、複数の要因から総合的に判断した。(04/05/22第5次発表) <兵庫・京都>特定失そう者拉致で家族らが告発 1974年、兵庫県尼崎市で仕事に出かけたたまま行方不明となった清崎公正さんの家族が北朝鮮に拉致された可能性があるとして、きょう、警察に告発しました。 兵庫県警に告発状を提出したのは、尼崎市内で建設会社を経営していた清崎公正さん(当時41)の娘の廣美さんです。告発状によりますと、清崎さんは、1974年、仕事場へ向かったまま行方が分からなくなり、数ヵ月後、所有する車が、市内の在日朝鮮人が多く住む地域で見つかったということです。失踪当日には、朝立ち寄った銀行から引き出した45万円が事務所に置かれたままでした。清崎さんは北朝鮮に拉致された可能性が高いとして、きょう告発しました。「これまで何の進展もない、告発によって父が早く帰ってくるよう調べて欲しい」と二女の織田廣美さんは話しています。 http://webnews.asahi.co.jp/abc_2_002_200409284001034.html |
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2004年09月30日(木)
拉致可能性濃厚と告発 尼崎の清崎さん家族ら
北朝鮮による拉致被害者を支援している「救う会」が設けた「特定失踪(しつそう)者問題調査会」は二十七日までに、行方不明の尼崎市の清崎公正さん=当時(41)=と、三重県桑名市の辻与一さん=同(32)=について、「拉致の可能性が濃厚」として、国外移送目的誘拐の疑いで、兵庫県警に告発する方針を固めた。二十八日にも告発状を提出する。 建設業を営んでいた清崎さんは一九七四年六月十四日朝、自宅を出たまま行方不明になった。自宅近くの事務所には銀行から引き出した約五十万円が残され、乗っていたトラックが尼崎市内で発見された。妻美代子さん(67)は「当時、警察に捜索願を出したが、事件性がないと打ち切られ、三十年間そのままになっている。このままでは気持ちが収まらない。警察はもう一度きちんと調べてほしい」としている。 http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sougou04/0928ke50460.html <兵庫・京都>特定失そう者拉致で家族らが告発 1974年、兵庫県尼崎市で仕事に出かけたたまま行方不明となった清崎公正さんの家族が北朝鮮に拉致された可能性があるとして、きょう、警察に告発しました。 兵庫県警に告発状を提出したのは、尼崎市内で建設会社を経営していた清崎公正さん(当時41)の娘の廣美さんです。告発状によりますと、清崎さんは、1974年、仕事場へ向かったまま行方が分からなくなり、数ヵ月後、所有する車が、市内の在日朝鮮人が多く住む地域で見つかったということです。失踪当日には、朝立ち寄った銀行から引き出した45万円が事務所に置かれたままでした。清崎さんは北朝鮮に拉致された可能性が高いとして、きょう告発しました。「これまで何の進展もない、告発によって父が早く帰ってくるよう調べて欲しい」と二女の織田廣美さんは話しています。 http://webnews.asahi.co.jp/abc_2_002_200409284001034.html ●清崎 公正(きよさき きみまさ) 生年月日 :昭和7(1932)年9月5日 失踪年月日 :昭和49(1974)年6月14日 失踪当時の年齢 41歳 当時の身分 :建設会社経営(大工) 当時の居住地:兵庫県尼崎市 失踪場所 :兵庫県尼崎市 失踪当時の状況 :失踪当日午前9時頃、通常と同じように弁当を持って近くの銀行に歩いていくのを妻が見送ったのが最後。銀行では支払いのため50万円下ろしている。そのお 金は自宅から歩いて10分の事務所に置いたまま、電気もついたままでった。失踪後なくなったものはない。失踪後2〜3カ月して乗っていた軽トラックが尼崎の阪急園田駅近くの額田で発見された。 経営は順調で当時現場を8件かかえ、新しい仕事のため建機も2台購入したところだった。仕事を整理したときも借り入れは一切無かった。失踪後無言電話が数回あった。失踪直前から在日朝鮮人と思われる人物と、仕事の取引で知り合い、急速に親しくなった。この人物は失踪後、警察への届出や仕事の整理などを2週間程度で手際よく行なったあと、姿を消している。 自ら失踪する動機が見当たらないこと、北朝鮮工作員の拠点の一つである場所での失踪、不審な人物との接触など、複数の要因から総合的に判断した。(04/05/22第5次発表) |
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1974年06月14日(金)
●清崎 公正(きよさき きみまさ)
生年月日 :昭和7(1932)年9月5日 失踪年月日 :昭和49(1974)年6月14日 失踪当時の年齢 41歳 当時の身分 :建設会社経営(大工) 当時の居住地:兵庫県尼崎市 失踪場所 :兵庫県尼崎市 失踪当時の状況 :失踪当日午前9時頃、通常と同じように弁当を持って近くの銀行に歩いていくのを妻が見送ったのが最後。銀行では支払いのため50万円下ろしている。そのお 金は自宅から歩いて10分の事務所に置いたまま、電気もついたままでった。失踪後なくなったものはない。失踪後2〜3カ月して乗っていた軽トラックが尼崎の阪急園田駅近くの額田で発見された。 経営は順調で当時現場を8件かかえ、新しい仕事のため建機も2台購入したところだった。仕事を整理したときも借り入れは一切無かった。失踪後無言電話が数回あった。失踪直前から在日朝鮮人と思われる人物と、仕事の取引で知り合い、急速に親しくなった。この人物は失踪後、警察への届出や仕事の整理などを2週間程度で手際よく行なったあと、姿を消している。 自ら失踪する動機が見当たらないこと、北朝鮮工作員の拠点の一つである場所での失踪、不審な人物との接触など、複数の要因から総合的に判断した。(04/05/22第5次発表) |
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