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2004年08月02日(月)
昨日、衝撃的な写真が公開された藤田進さん。拉致されたのだとしたら、どこで拉致されたのか。「北朝鮮工作員による拉致」というと、日本海から工作船によって工作員が侵入し、たまたま海岸にいた日本人を襲って袋に入れ連れていく、というイメージが強い。しかし、こういうやり方はあったとしても、それは例外的に行われたに過ぎないだろう。蓮池さんや地村さんの拉致にしても、本当に偶然だったのかどうかは未だに不明である。拉致の手口が完全に解明されているのは久米裕さんと原敕晁さん拉致の2件だけであるが、この2件は、日本に潜入している工作員が在日朝鮮人を協力者に仕立てて「拉致する人間」を慎重に「選定」している。工作船や暴力的な工作員は最後、国外に連れ出す時だけ姿を現すに過ぎない。久米さんに関しては能登半島の宇出津海岸から工作船に乗せられたことがはっきりしているため「宇出津事件」と呼ばれているが、この部分が不明であったら、久米さんは三鷹から行方がわからなくなったということになる。つまり、久米さんの失踪場所は「三鷹」であり、原さんの失踪場所は「大阪」であったとも言えるのである。藤田さんが「新宿」に行くと言って失踪したことも不思議でもなんでもないことになる。この久米さんと原さんの拉致に関わった在日朝鮮人の協力者(土台人と言う)は、何の罪に問われることもなく今でも日本で生活している。
では、藤田進さんはどこで拉致されたのか。まさか「新宿」で偶然出会った工作員に袋詰めにされたのではあるまい。どこかで土台人に目をつけられ、近寄られ、「選定」されたことは間違いない。藤田さんが住んでいたのは埼玉県川口市であるが、この川口では田口八重子さんも含めて関係する人が6人、失踪している。その中で新木章さんと佐々木悦子さんは拉致の疑いが濃厚であり、佐々木さんには北朝鮮での目撃証言もある。川口と隣接する北区や足立区を含めると「失踪」の人数はさらに大幅にあがる。川口や北区などには在日朝鮮人の居住も多く、また足立区西新井には北朝鮮系の有名な病院もある。この地域の条件の中で、藤田進さんが何らかの理由で選ばれた可能性がある。 ![]() もう一つの重要な地域がある。それは藤田進さんが通っていた大学のある武蔵野という地域である。下の図は、藤田進さんと同じ年に伊豆神津島で失踪した高野清文さんの妹さんが作成した図である。藤田進さんは学芸大に通い、高野清文さんは電通大に通い、布施範行さんも近くの亜細亜大学に通っていた。この地域に土台人がいたとしたら、高野清文さんの「拉致」も当然考えられるのである。高野さんが通っていた電通大の南側には、過去「朝鮮人部落」が存在し、一年生の時の下宿先の近所には当時、朝銀もあった。2年生になって学生寮に入った高野さんのアルバイト先では店に朝鮮人が多く訪れていた事も店長の証言から明らかになっている。 ![]() この武蔵野地域には近くに朝鮮大学もあり、高野清文さんが住んでいた電通大の寮祭のパンフレットには「朝鮮大学」の名前も見えている。 ![]() 藤田進さんの弟さんと高野清文さんの妹さんは、共に、失踪した兄の情報を当時に遡って独自に集めており膨大な資料を持っている。それらを付き合わせていくと、色々な共通点が見いだせるのある。特定失踪者のご家族は、失踪した当時、あらゆる場所を探しているが何の手がかりもつかめなかったという。しかし、単独では見過ごしがちな点でも他の特定失踪者の情報と付き合わせると奇妙に一致する点が見つかる場合が多いという。 ![]() 藤田進さんは失踪当日、新宿にガードマンのアルバイトをする、と言って家を出ている。家族は失踪後、新宿で警備をしている警備会社に片っ端からあたった。しかし、藤田進さんがアルバイトをしていた会社は見つからなかった。「ガードマンのアルバイト」というのは、小さな嘘だった可能性がある。特定失踪者の山本美保さん、秋田美輪さんなども失踪直前に「小さな嘘」をついている。この「小さな嘘」をつかせた人物こそ、拉致の対象者として「選定」した土台人、あるいは工作員だろう。そして、土台人はいまでも日本で何食わぬ顔で暮らしているのである。 高野清文さんのご家族が情報を求めています。 http://nyt.trycomp.com/takano/ 拉致ルート?「大町ルート」 http://nyt.trycomp.com/takano/oroot.html 新宿でアルバイトをする、と小さな嘘をつかせた藤田進さんを中央線に乗せてしまえばそのまま大町ルートである。 ![]()
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