木村かほるさん
 
  • 生年月日:1938年8月27日
  • 失踪時期:1960年2月27日
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「両親の無念さ晴らす」 特定失踪者の姉 真実知りたい
「真実を知りたい」−。青森県八戸市出身の特定失踪者・木村かほるさんの姉、天内みどりさん(75)は、末娘の帰宅を待たずに亡くなった両親の無念を晴らそうと、北朝鮮に拉致された可能性が高いかほるさん=当時(21)=の情報集めに奔走している。夢は北朝鮮の地にポールを立て、日本の朝焼けと夕焼けの空と同じ色に染めたハンカチを飾ること。かほるさんに向けた「待っているよ、一緒に暮らそう」というメッセージにしたいと考えている。(米沢文)

                   ◇

 木村かほるさんは秋田日赤高等看護学院(秋田市)を卒業間際の昭和35年2月27日夕、寮の同級生らに「ちょっと出かけてくる」と言い残したまま姿を消した。

 かほるさんが看護師を目指したのは幼少時。太平洋戦争で満州から引き揚げてくる際、平壌の収容所で足止めされたときのこと。自分よりも幼い子供たちが死んでいくのを目にしたのがきっかけだった。

 かほるさんは獣医だった父・一栄さん、母・文子さんの間に昭和13年8月、生まれた。5月生まれの姉のみどりさんに続き、「かほる」と名付けられたのには、「緑香るように姉妹仲良く」という一栄さんの願いが込められていた。

 兄の勝城さん、弟の洋二さんとともに笑顔が絶えない一家だったが、かほるさんの失踪を境に、一家団らんはなくなった。人さらいにあったのか、事故にあったのか、自殺したのか…。

 かほるさんの名前を持ち出すと、布団の中でさめざめと涙を流す文子さんを刺激しないように、みどりさんと一栄さんは内密にかほるさんを探し歩いた。あるときは秋田の八郎潟の周辺を、あるときは東京の駅の雑踏の中をさまよった。

 一方で、秋田県の漁師から「国籍も分からない小さい船がいっぱい来ている」などと聞いていた天内さんは以前から、「かほるは死んでいない。連れて行かれたんだ」と心の片隅で感じていた。平成9年には、横田めぐみさんが拉致されたことが明らかになり、直感が確信に変わった。

 平成12年、「かほるが帰ってくるまで死ねない」と言っていた一栄さんが他界。

 一言の遺言もなく消えし吾子あきらめかねて一人涙す(三月二日 父詠む)

 遺品の手帳に残された歌を目にした天内さんは、「父の思いに応えなければいけない」と誓った。

 事態が急展開したのは昨秋。「特定失踪者問題調査会」がタイ人拉致被害者から、かほるさんと思われる日本人女性から日本語を習ったという証言を得た。天内さん自身が50代の頃、複数の友人に囲まれている写真を見せたところ、タイ人は天内さんを指し、「この人の笑顔は先生(かほるさん)と同じです。先生はいつもにこにこしていた」と証言したのだ。

 かほるさんが特定失踪者に認定されてからは、天内さんの心境にも変化が出てきた。寂しさや怒りの気持ちから、「とにかく真実を知りたい」という気持ちが強くなった。

 「姉の私に何ができるだろうか」

 映画の「幸福の黄色いハンカチ」をヒントに、天内さんは趣味の染め物を生かし、いつの日か北朝鮮の空に、朝焼け、夕焼けと同じ色に染めたハンカチを掲げようと考えている。ハンカチはいらなくなった着物の裏地を活用し、「万葉集」にも登場するムラサキとアカネで、すでに1000枚染めている。

 天内さんは「これをみて、かほるを始め、拉致被害者に日本の空の色を思い出してほしい」と願うとともに、かほるさんについて何らかの情報が手に入ればと期待している。

 お姉ちゃんと呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも(天内みどり)

                   ◇

 「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための青森の会」(救う会青森)の第3回青森県民集会が20日、青森市堤町の市文化会館で開かれた。拉致被害者、田口八重子さんの兄で拉致被害者家族連絡会の飯塚繁雄代表(70)と、特定失踪者、木村かほるさんの姉、天内みどりさん(75)が講演し、拉致問題早期解決への支援を呼びかけた。

 飯塚代表は「私たちは愛しい家族をあきらめるわけにいかない」と、家族会の活動が長期化する中での心境を語った。

 福田康夫首相の突然の辞任会見について、飯塚代表は「拉致の『ら』の字も言及しなかった」と指摘。衆院解散・総選挙後に発足する新政権に対しては、「党派に関係なく、国民の安全を守る観点から、(最優先課題から)拉致問題を外してはならない」と求めた。

 また、北朝鮮に対する日本側の切り札は経済制裁と国民世論にあるとして、「世論が冷めれば足元を見られる。拉致問題は現在進行形の問題。北朝鮮に国民の怒りとしてぶつけてほしい」と訴えると、約 130人の参加者は熱心に耳を傾けていた。(産経新聞・青森版)

http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/aomori/080921/aom0809210216000-n1.htm



| 1000番台::木村かほる | 09:18 AM | comments (0) | trackback (0) |











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